[熊倉ゼミ]

ようこそ放送大学、熊倉ゼミ同窓会のホームペイジへ

放送大学開学、最初の学生受け入れ(1987年)と同時に『生活と芸術』の教材執筆、番組担当をされる熊倉功夫先生の存在を同大学の開学PR、TV等で知り、先生を慕って放送大学に入学された学生が数多くおりました。これら学生が、先生に直接ご指導を仰ぎたく集まり、会合を持ったのが、熊倉ゼミ会合の始まりであります。 第一回卒業は1989年で、先生のご指導は、大変厳しく、研究論文は、その道のプロとして通用する見識と洞察を持った上での新しい発見、研究で無くてはならないとするものでありました.(当然の事ですが)吾ら、学問から暫く離れていた者にとりましては、身の引き締まる緊張と悪戦苦闘の連続でございました。学生の中には、ギブアップした者も出て参りましたが、何年掛かっても、熊倉ゼミで卒業したいと願う学生は多く、当初は、在学数も少ない関係もあって、毎年一名位の卒業しか望めませんでしたが、次第に先生の意とする所を理解し、下記の様な結果となりました。 その後、先生は、国立民族学博物館、教授への移動等で放送大学を離れられましたが、以後も先生を慕う学生の、たっての希望で、放送大学卒業、研究論文のご指導を担当され、現在に至っております。 今日、この会合は、放送大学、熊倉ゼミ同窓会として、毎年一回、先生を囲んで集っております。(文責、納村)

[熊倉功夫先生]


熊倉ゼミ会員名簿及び卒業研究論文(21名)

2002年3月24日現在
注(表は表千家.裏は裏千家.江は江戸千家.大は大日本茶道学会.0は不明)
氏名研究テーマ−卒年備考住所HP
吉田紀美子西川一草亭の研究ー近代日本における伝統芸術の思想1989京都---
納村利雄 古伝書に見る台子点前の考察1990千葉
YES
佐野裕子 九鬼周三の半生「いきの構造」1991千葉---
倉田スヨ子四大茶会記における水指の研究199200 ---
藤森美佐子表千家茶道中興期における如心斎の功績に関する研究1992千葉---
松本きみ枝近世初頭におけるー公卿の生活ー1992東京---
的場佳子 近代女性と茶道1992死亡---
村山洋子 近代生け花と女性19920横浜---
池原文子 扇の研究ーその機能と1993群馬---
大谷真智子茶掛−近代茶会記におけるその変遷1993千葉---
小島啓子 近代知識人の茶の湯観199400---
湯川則子 松平不味と雲洲蔵帳の世界1994死亡 ---
岩崎千代子外国人のみた茶の湯199500---
田北慶子大友宗麟と茶の湯1995千葉---
村田よし子田能村竹田の煎茶1995煎茶千葉---
秋元加知子松浦鎮心と茶の湯1997千葉---
有賀朝子北野大茶の湯について1997東京 ---
江田紀子「南方録」に現れる「陰陽五行説」と「曲尺割法」の考察1997死亡---
金沢節子 不白筆記1997東京---
西山時男 今泉雄作の研究ー近代日本に於ける伝統文化研究者1997埼玉---
深谷信子蒲生氏郷について1997東京---


下欄の写真は2012年3月30日、メトロポリタン丸の内TENQOOにての会合.


下欄の写真は2010年3月28日、メトロポリタン丸の内TENQOOにての会合.


下欄の写真は2009年3月20日、メトロポリタン丸の内TENQOOにての会合.


下欄の写真は2008年3月23日、千代田区、如水会館にての会合.


下欄の写真は2007年3月25日、東京會舘にての会合.


下欄の写真は2006年3月26日、東京會舘にての会合.


下欄の写真は2005年3月27日、東京會舘にての会合.


下欄の写真は2004年3月28日、品川プリンスホテルにての会合.


下欄の写真は2003年3月23日、東京會舘にて会合.


下欄の写真は2002年3月24日、東京會舘にて会合.


下欄の写真は2001年3月25日、富士屋ホテルにて会合.


下欄の写真は2000年3月25日、富士屋ホテルにて会合.


下欄の写真は1999年3月26日、帝国ホテルにての会合.


[1988年 熊倉ゼミ発足以来の写真、その他 ]

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吉田さん

佐野さん

初釜1

初釜2

茶花

茶会

熊倉ゼミ会合1

熊倉ゼミ会合2

熊倉ゼミ会合3

熊倉ゼミ会合4

熊倉ゼミ会合5

熊倉ゼミ会合6

1988年熊倉ゼミ初会合銀座で1

1988年熊倉ゼミ初会合銀座で2

1988年熊倉ゼミ初会合銀座で3

1988年熊倉ゼミ初会合銀座で4

1988年熊倉ゼミ初会合銀座で5

1988年熊倉ゼミ初会合銀座で6

乾杯1

久しぶり語らい1

語らい2

語らい3

語らい4

納村

更新日